歴史

日本のつけ麺の発祥には諸説存在するが、1955年(昭和30年)に東京都にある大勝軒にて山岸一雄が開発・商品化した説が定説になっている。 山岸が東池袋大勝軒を独立創業する以前、17歳の時に勤めた修行店に存在した、湯のみ茶碗にスープと醤油を入れたものへ、残ってしまった麺を浸して食していた賄食がベースである。 1年後、修行店から「兄貴」と称する人物が独立することから一緒に行動を共にし『大勝軒』(中野店)を立ち上げた。 後に「兄貴」が別の場所に本店(代々木上原店)を構えた事により、山岸が中野店の店長として任され活動していた頃、この賄食を食していた。それを見ていた客の関心を惹きつけた事から「これをメニューにしたら売れるかもしれない」と感じ、様々な試行錯誤の後、メニューの一品として完成させた。1955年「特製もりそば」(当時の代金40円)として供されたのが商品化された最初のつけ麺とされる(その3年後「兄貴」の本店からも独自研究開発されたメニューが「つけそば」として商品化された)。1961年(昭和36年)山岸が東京都豊島区東池袋に『東池袋大勝軒』として独立創業(暖簾分け)した際も味を受け継いでおり、甘酸っぱいつけだれと弾力ある麺の食感とボリュームで人気を博した。 つけ麺の名称が最初に使用されたのは1973年(昭和48年)頃『元祖つけ麺大王』によるものとされる。 1970年代から1980年代初頭にかけて、ハウス食品より「つけ麺」が発売されていた(CM出演者は女優の高瀬春奈と漫画家のはらたいら)。 これは冷たい「タレ」につけて食べるもので、大勝軒の「もりそば」とはまた異なる。 平成に入り山岸が方針転換した事により弟子を取るようになってから大勝軒の暖簾分け店が多くなった。 同店にて修行・独立したラーメン店主が類似のつけ麺を供したことが影響し、関東圏、特に東京都内にはつけ麺を提供する店が数多く存在し、つけ麺専門店も多い。

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